オードリーの若林正恭に、連載しませんか?と依頼した編集者はすごいと思う。何がきっかけだったんだろう。ライブ?テレビ番組?ラジオ?文章も面白いって、どうやって予想ついたんだろう。
職場の近くの本屋で『社会人大学人見知り学部卒業見込』を見つけて買ってみた。若林は、オードリーがブレイクし次々と仕事が舞い込むようになってからを「社会人」と捉えている、ようだ。突如、業界という社会に放り込まれたからだ。『ダ・ヴィンチ』の連載の書籍化ということで、1章ずつは短く読みやすい。そしてとても面白い。
人の考えは変わっていくんだと思った。例えば連載開始から数年後の文で、連載の第1回目にふれているところがある。「趣味を仕事にしたから趣味はなくてもいい」という自分の文に対し「いやいや、趣味はいるよ」と思った、と書いている。「社会人1年目」の文章も「なるほどな」と思いながら読んでいたけれど、一人の考えが変わったり変わらなかったりするのを追っていくのも、連載の面白さだと思う。大げさな文ではないし自慢もなく、フラットな視線.....うーん、もちろん「偏っている」(偏っていない人はいない)のだけれど、「人見知り」と言われる人の方が皆に誠実であろうとしているんじゃない?と思った。
私は映画や本にふれるなかで、前後に読んだ/観たものが繋がる瞬間が好きだ。自分では意識していないように思っていても、たまに起こる。今回は、この本に何度か出てきた「Tくん」の話。今年1月に映画『笑いのカイブツ』を観た。とても面白かった。主人公のツチヤは、テレビの大喜利やラジオにものすごい量のネタを投稿し続け、ついにはラジオのパーソナリティであるお笑いコンビ、ベーコンズに呼ばれて東京へ行く。ベーコンズの片方西寺は、ツチヤを何かと気遣い、マナーを教えたり服を買ってやったりする。ツチヤもネタ作りに励むが、お笑いのセンスや探求心と、人間関係がとても苦手だという狭間で揺れ動く。本人によれば「人間関係不得意」。これは作者の体験をもとにした小説の映画化だ。その主人公、ツチヤがTくん。ツチヤがメールを送り続けていたラジオはオードリーだったのだ。若林にあたる役西寺を、映画では仲野太賀が演じていた。これはある意味『笑いのカイブツ』の一部分を、主人公ではなく「先輩のパーソナリティ」の視点から見直すようだった。映画ではツチヤと芸人の関係性が観ていてぐっときた。『社会人大学』でも、Tくんを笑ったりするようなことはもちろんなく、自分が助けたと自慢するでもなく、淡々と綴られていた。でも端々からTくんの凄さと不器用さがにじみ出てくるようで、もどかしさを感じながら読んだ。私みたいな凡人にはわからないことだけれど。
「「人間関係不得意」その後」と「暗闇に全力で投げつけたもの」(後者はTくんの話ではない)の最後の一文には胸打たれた。就職が決まらず、鬱々としていた時期に読んだら泣いていたかもしれない。深夜に牛丼食べたい日に読む本。
若林正恭『完全版 社会人大学人見知り学部卒業見込』角川文庫