ひとり映画日記2

映画・本・イギリス(アメブロ『ひとり映画日記』から引っ越し

リズムに乗るのは止められない 2024.09.21

 私の勤務先ではラジオが流れている。帯番組、合間の5分から10分の番組、そしてラジオCM。仕事に集中するふりをして、実はしっかりラジオを聴いている。そして見つけてしまった。残業で脳がへろへろになっているとき、ラジオから流れてきたピアノの音に思わず反応したのだ。榊原大というピアニストのコンサートがあるという。恥ずかしながらピアニストのことを知らないし、そもそもコンサートに行こうと思わない人間だ。けれどどうしても気になって、スマホで「榊原大 コンサート」と検索してみた。残席あと僅か。チケット代は私には高いし、あなた遊んでいる場合じゃないでしょう、という冷静な自分からの忠告も響いたが、いいじゃん行け行け。ということで買ってしまった。最近は、今まで手を出さなかったことをやってみたいのだ。

 

 慢性の寝不足のせいでうっかり寝てしまったらどうしよう。小中の「芸術鑑賞」でしっかり寝たことを思い出し、やっぱりピアノコンサートなんて柄じゃないのよと不安になった。でも杞憂!仕事やら心配事やらで気持ちが擦り切れたと思っていたけれど、いいものを観たり聴いたりするとちゃんと感動するんだ。私の席からは榊原さんの指がよく見えた。人間の指ってあんなに素早く動くんだ、と間抜けな感想が出てきたけれど、凄い技術を見ると身体の感覚がストップして、それしか目に入らなくなる。

 ピアノだけでなくサックス、ベース、ドラムもあった。それぞれの奏者4人の間合いが居心地良く、演劇を観て感動した時を思い出した。映画『チャレンジャーズ』を観た時も思ったように、人間同士の間合いって大事なんだ。榊原大さんはもちろん、ベースの須藤満さん、サックスの宮崎隆睦さん、ドラムの齋藤たかしさん、みーんな格好良かった。生きてきたことや経験してきたことって、音や身体の使い方や文章に出るんだろうなと思う。それはアーティストや「クリエイティブな仕事」の人だけでなく、誰でもそうだろう。たまたま前日観た『ラストマイルプレミアムトーク』の星野源の言葉「どう仕事するかとどう生きるかは直結している」を思い起こし、じんと来ていた(私も4人の音楽のような歳の取り方をしたい、というところまで気持ちは飛躍)。

 

 半蔵門から東京駅まで歩きながら、大丈夫、生きていけると地面を踏みしめていた。たくさんの曲を聴いて、一番好きだったのは「工場夜景」。「ちいさい秋」のアレンジも、かわいらしい歌という印象が一変、怒りややるせなさが沁みてきてびっくり。忘れられないコンサートだった。自分の直感を信じて良かった。

 ピアノなどのコンサートや歌舞伎といった伝統芸能には、どうも「芸術鑑賞」の時のプレッシャーや庶民の私には理解できないものというハードルがつきまとう。でも、わからないけれど(知識はないけれど)聴いてみたい、観てみたいってもっと大事にしていいんだ。ここまで書いた「感想」も、私がこれまで見てきたものや経験、感覚を持ち込んだ私だけのものだし。批評や研究には知識や技術が必要なのは当たり前。だけれど、自分が楽しむ際には、蔑ろにされがちな「感覚」や「感想」にもっと自信を持つことにしようと思う。知識がなくても、身体がリズムに乗ることは止められない。