ひとり映画日記2

映画・本・イギリス(アメブロ『ひとり映画日記』から引っ越し

美味しいものだけが救ってくれる『ポトフ 美食家と料理人』2023.12.29

 この間は私の誕生日だった。誕生日プレゼントに、新宿武蔵野館で『ポトフ 美食家と料理人』を観た。Filmarksで好きなレビュアーがほめていた映画だ。

 

 フランスの上流階級のある家。主人公の男性は美食家で、常に美味しい食事とワインを求めてやまない。映画はその昼食会の準備から始まる。もうひとりの主人公、「料理人」の女性は手際よく美しい料理を作り、給仕の女性が運んでいく。舞台はほとんどキッチンで進行し、この家以外はほとんど出てこない。とても狭い世界の物語だ。

 このうえなく「大人」で精神的に成熟している。美食家と料理人が「雇用主」と「使用人」ではなく、対等で二人とも美食を追い求めているところが見ていて気持ちいい。美食家は料理人が好きで結婚してほしいとも何度か言っているのだが、料理人はなかなか首を縦にふらない。この二人の関係が特異なものではなく当たり前に描かれているところが大人だと思った。私が「フランス」に憧れを抱いているからだとも思うが、日本でこうした男女二人(特に年配の)が描かれることは想像しにくい。ジュリエット・ビノシュの歳のとり方は惚れ惚れする。美食家は自分たちを「秋」にたとえていたが、「若さ」を称揚するばっかりでなく、こういう風に歳をとりたい(私も囚われているけれど、特に日本の若さと幼さ信奉はなんなのだろう?)。

 そして画が官能的。美食家が料理人のために作るデザートと、その後の場面の艶っぽさといったら。恐るべし、この二人には誰も敵いません。梨(多分)があんなに官能的に見えたことはない。扇情的に描かなくても、セクシーに見せることはできるというお手本のような映画だ。

 

 正直ラスト30分くらいは冗長に感じたのだが、最後の場面がぴったりはまっていた。料理人からの問に、間違えず応えた美食家。この二人のやりとりのために今までの時間があったのだろう。

 

 風景も家具の色遣いも美しい。映画館を出ると、新宿のギラギラした原色が目に入ってきて落差にぐったりした。いい誕生日だった。私は衣食住に関心がなく、どこかいい生活を送ることを諦めていた節がある。手に入らないし、面倒くさいし、お金がかかるし。でも、もっと貪欲に求めていいのではないか?と思った。この映画の二人みたいに。「美味しいもの」と人生を決して妥協しない、ある意味とてもストイックな映画だ。